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80年代ディスコおすすめ曲!懐かしいあの曲たちを一気に聴こう!

2018.12.03

80年代、日本にはおすすめのディスコがたくさんあって若者たちがダンスを楽しんでいました。80年代半ばまではユーロビートが全盛、バブル突入の頃からディスコミュージックが主流。どちらも盛り上がる曲で、懐かしい洋楽ですね。今回は、おすすめのディスコ曲のご案内です。

  1. 80年代のディスコミュージック
  2. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:①「Venus - The Shocking Blue 」
  3. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:②「Can't take my eyes off you - Boys Town Gang」
  4. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:③「My Heart Goes Bang - Dead Or Alive」
  5. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:④「Da Ya Think I'm Sexy? - Rod Stewart」
  6. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑤「Move On Up - Curtis Mayfield」
  7. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑥「Karma Chameleon - Culture Club」
  8. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑦「Joanna - Kool & The Gang」
  9. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑧「Rock Me Amadeus - FALCO」
  10. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑨「I Think We're Alone Now - Tiffany」
  11. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑩「Stayin' Alive - Bee Gees」
  12. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑪「Ai No Corrida - QUINCY JONES」
  13. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑫「I'm So Excited - The Pointer Sisters」
  14. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑬「Take On Me - a ha」
  15. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑭「99 red ballons - Nena」
  16. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑮「cruel summer - bananarama」
  17. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑯「September - Earth, Wind & Fire」
  18. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑰「turn it into love - kylie minogue」
  19. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑱「Billie Jean - Michael Jackson 」
  20. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑲「Girls Just Want To Have Fun - Cyndi Lauper 」
  21. 【80年代】ディスコで流れていたおすすめの曲:⑳「Conga - miami sound machine」
  22. 近年復活中、ディスコでフィーバーが再現
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引用: https://www.instagram.com/p/Bop7PjDg4MX/
1980代、日本のディスコの最盛期。毎夜、ノリの良いユーロビート&ディスコミュージックが場内に溢れ、大勢の若者がダンスに熱中していました。ディスコ通いをする若者の姿は、時代を代表する日本を象徴しているようでもありましたね。そして、ディスコで絶対に外せないのが音楽。今聞いても、当時を知っている皆さんにはとても懐かしく、現代の若者には斬新な音楽に聞こえるのではないでしょうか。今回は、ディスコで流れていたおすすめ曲をまとめてみました。
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引用: https://www.instagram.com/p/Bqhg8v4HaOP/
【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「ヴィーナス」(Venus)は、オランダのロックグループです。ショッキング・ブルー(The Shocking Blue)は1969年にリリースされたシングル。世界的にヒットしました。
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引用: https://www.instagram.com/p/BqVR7IwFbbf/
ビルボード(Billboard)誌の「Hot 100」では、1970年2月7日に、週間ランキング第1位を獲得した。ビルボード誌1970年年間ランキングでは第22位。ビルボード誌の集計では、ショッキング・ブルー最大のヒット曲となった。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ベルギーで、週間チャート1位を獲得した。オランダでの週間チャート最高位は、第3位だった。日本のオリコンでは最高2位(洋楽チャートでは1970年3月9日付から12週連続1位(1970年度の年間1位も獲得)

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】Boys Town Gangは、ディスコ・ダンスミュージックのジャンルに位置するグループです。たくさんの曲をダンスクラブ・ディスコ風にカバーしてヒットさせてきました。Can't take my eyes off youは、邦題では「君の瞳に恋してる」として、大人気となりましたね。
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引用: https://www.instagram.com/p/BdTqDhRFEck/
ボーイズ・タウン・ギャング (Boys Town Gang) は、サンフランシスコ・ベースのディスコとHi-NRGバンドである。男性2名、女性1名で構成されており、男性は踊り、女性が歌う、というポジションである。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】デッド・オア・アライヴ(Dead or Alive)は、1980年代中盤よりユーロビート系のダンス・ミュージックに音楽性をシフト。それから、コンスタントに世界的ヒットが生まれ、全世界における総売り上げは2000万枚を超えています。日本のアイドル歌謡や、J-POPにも大きな影響を与えたグループで、人気の絶頂期以降の1990年代中以降も、日本限定リリースのアルバムが出るほど日本での人気は高いものがありました。近年においても、度々来日しています。
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引用: https://www.instagram.com/p/BobFpufHJLu/
1980年代後半から1990年代前半にかけてのバブル景気真っ只中のディスコ・ブームに乗り、日本においても絶大な人気を誇っていた。「夜のヒットスタジオ」をはじめとする日本全国ネットのテレビ出演を多数回行い、当時最大手の高級ディスコチェーンであった「マハラジャ」でも毎日のように作品が選曲され、イベント系サークルが開くディスコパーティーでは必ず曲がかかっているほか、日本人歌手によるカヴァー曲が数曲リリースされるなど。ディスコ関係者から一般人まで幅広く注目を集めていた。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】Da Ya Think I'm Sexy?(アイム・セクシー)は、1979年におけるロッド・スチュワートによるヒット曲です。1979年2月10日から4週間に渡って、Billboard Hot 100のチャート首位に立ちました。イギリスでも、前年度の12月には、既にチャートの首位にいたそうです。
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引用: https://www.instagram.com/p/Bqld6x2DJrt/
この曲は多くのロック関係の雑誌から、ディスコの様なアレンジがスチュワートのブルースに基づいたロックンロールというルーツを裏切ったと非難された。しかし、スチュワートなどはすぐに、広く尊敬されているポール・マッカートニーやローリング・ストーンズなどの歌手がディスコ調の曲を既に発表していたことを指摘した。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】カーティス・メイフィールドの「Move On Up」です。カーティス・リー・メイフィールド(Curtis Lee Mayfield)は、アメリカのミュージシャンであり作曲家、今で言う、マルチプレイヤーでした。
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引用: https://www.instagram.com/p/BqkvqvvFtVV/
1970年にカーティスはインプレッションズを抜け、ソロ・アーティストとして活動を始め、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーらと並んでニュー・ソウルと呼ばれた。また、1972年に公開のブラックスプロイテーション映画『スーパーフライ』のサウンドトラックアルバム『スーパーフライ』を発表、Billboard 200で1位を獲得する。 プロデューサーとしても多くのアーティストの曲を手がけており、1975年にプロデュースしたザ・ステイプル・シンガーズ「レッツ・ドゥ・イット・アゲイン (Let's Do It Again)」とトニー・オーランド&ドーン「恋のシーソー・ゲーム(He Don't Love You(Like I Love You)」はBillboard Hot 100において共に1位を獲得した。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「カーマは気まぐれ」(Karma Chameleon)は、イギリスのバンド、カルチャー・クラブの曲です。1983年にでたアルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」からのシングルカット。1934年、ビルボードホット100で3週連続1位、カルチャー・クラブ最大のヒットとなりました。また、世界16ヵ国で、1位を獲得しています。
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引用: https://www.instagram.com/p/BqXtrp9Hy2F/
「カーマは気まぐれ」のビデオは、字幕によると1870年のミシシッピ州を舞台にしている。 川辺のカラフルな衣装を着た人々の中に赤・金・緑の衣装をまとったダンサー達。ボーイ・ジョージはさらにカラフルで派手な衣装を着て歌っている。人々の間をスリがうろつき、仕事をする。到着した船「カメレオン号」に人々は乗船する。船内ではトランプが始まるが、窓の外でボーイ・ジョージはまだ歌っている。スリは捕まり、舷側の板から落とされる。 ビデオを通じて、黒人と白人が一緒に歌う描写がされている。このビデオは1983年の夏にウェイブリッジのデスプラ島で撮影されたものである

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「ジョアンナ」は、1983年リリースのアルバム「IN THE HEART」からのシングルカットです。このアルバム、「セプテンバー・ラヴ」や、「トゥナイト」などが大ヒットしたアルバムなんですよ。全米ビルボードホット100で第2位、ブラックミュージックチャートで第1位、そしてアダルト・コンテンポラリーチャートでも第2位を獲得した大ヒット曲です。
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この曲は、彼らの翌年のナンバー「チェリッシュ」の序章として作られた曲ですね! この「ジョアンナ」がヒットしたことから、彼らの甘いスローナンバーに、 更に磨きが掛かったと言っても過言ではないでしょう・・・ このバンドの発起人となったベル兄弟ですが、兄のロバート・クール・ベルの ミドルネーム”クール”から取って、クール&ザ・ギャングとなったのは、 有名な話ですが、では、その他のメンバーが”ザ・ギャング”となったのは何故でしょうね? 「ギャング」とは、”集団”とか”群れ”を意味する言葉で、決して犯罪集団とか、 暴力団とかの意味では使われていません。 結構、日本では、ギャングと言うと、悪いイメージしか思い浮かばないと思いますが、 本国アメリカでは、「ギャング」と言うと、やんちゃな子供と言うような意味です。 ほんとに悪いヤツらは、マフィアとかモブと呼ぶそうです。 そんなちゃめっけたっぷりなネーミングが、彼らの遊び心と、うまくマッチングしていますね?

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「ロック・ミー・アマデウス」、とってもユニークな曲です。アップテンポのドラム音、甲高い女性のコーラス、そして、ギターとファルコのラップによるイントロで始まります。繰り返される「アマデウス!」の後、息も尽かせぬリフがスタートします。ドイツ語&英語がミックスされたファルコのラップ、キザな感じで、とてもかっこいいんですよね。ヨーロッパ的な、プライドの高さと倒錯したユーモア感覚を兼ね備えたラップは、アメリカのヒップホップとは、同じラップ系でも全然別物に思えます。
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ファルコの「ロック・ミー・アマデウス」。アマデウスとは、モーツァルトのミドルネームである(本名=ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)。前年、ブロードウェイの舞台を映画化した『アマデウス』が大ヒットし、世間はちょっとしたモーツァルトブームに沸いていた。しかも、この映画が翌年のアカデミー賞で作品賞を含む8部門を独占したことで、ブームはさらに拡大。「ロック・ミー・アマデウス」は、こうした世相にも見事にはまったわけだ。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】ティファニー(Tiffany)は、アメリカのカントリー系の女性歌手です。1986年MCAと契約後、ポップ・フィールドで勝負の方針となり、もしアルバムを2枚出して売れない場合は、カントリーに戻る話だったそうです。でも、2曲目の「I Think We're Alone Now」(ふたりの世界)が、いきなりのビルボード1位の大ヒット。続く「Could've Been」(思い出に抱かれて)も1位をゲットして、トップアイドルとして上り詰めました。
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"I Think We're Alone Now"(二人の世界)のオリジナルはトミー・ジェイムス&ションデルズ。こちらは1967年に全米4位のヒットとなっています。ティファニーのカバーは若さ全開!って感じでノリもいいですよね。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「Stayin' Alive」 (ステイン・アライヴ) は、ポップ・グループであるビージーズの楽曲です。映画「サタデー・ナイト・フィーバーのサウンドトラック」から、2枚目のシングルとして、1977年12月に発売されました。全米シングルチャートで、4週連続1位も記録しています。
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この曲は、当初シングルとして発売される予定はなかった。しかし、ラジオ局にリクエストが殺到したこともあり、サタデー・ナイト・フィーバーのサウンドトラック発売の1ヶ月後である1977年12月中旬にリリースされ、翌年2月には全米シングルチャートで1位を記録し、そのまま4週間滞在した。しかし、イギリスでは全英シングルチャートで最高4位を記録するのにとどまった。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「愛のコリーダ」は、チャズ・ジャンケル作曲、ケニー・ヤング作詞の楽曲で、1980年にA&Mレコードからリリースされました。しかし、1981年にクインシー・ジョーンズがカバー、ディスコ音楽としてヒットしました。
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曲名は、1976年のフランス・日本合作映画『愛のコリーダ (L'Empire des sens)』の日本語名から採られている。「コリーダ (スペイン語: corrida)」はスペイン語で「闘牛」を意味する。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】Pointer Sisters(ポインター・シスターズ)はポインター姉妹からなるアメリカのコーラス・グループです。ポインター姉妹は、ルース・アニタ・ボニー・ジューンの四姉妹でした。1971年のデビュー時は、アニタ・ボニー・ジューンの3人でしたが、翌年にルースが加入して4人組となります。1975年以降、R&Bやディスコ系に方向転換しつつ、ボニーが1977年にソロ転向で脱退、3人組となりました。
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1984年には流行のダンサブルなサウンドで4曲のトップ10ヒットを放ち、グラミー賞で2部門を獲得するなど、キャリアの絶頂を極めた。1985年にはUSAフォー・アフリカに参加し、ウィ・アー・ザ・ワールドのコーラスを担当。1990年代以降は表舞台から遠ざかったが、1996年のアトランタオリンピックの閉会式で歌を披露している。2006年、ジューンが癌のため死去。2009年からはルースの孫のサダコ (Sadako Ruth Pointer Johnson、1984-、母親が日本人) が加わって活動している。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「take on me」(テイク・オン・ミー)は、1985年ノルウェーのバンドであるa-haが発表したシングル曲です。メンバー3人の共同で作詞・作曲が行われました。この曲は、世界的に大ヒット、バンドの代表曲と言われています。
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a-haはノルウェー出身で、音楽活動のために1983年に渡英しプロデビューした。1984年にトニー・マンスフィールドのプロデュースでレコーディングされた英語の曲の1つがこの「テイク・オン・ミー」である。 この曲は翌1985年にアラン・ターニーのプロデュースで再レコーディングされ、これが全米1位、全英2位となるなど、世界中で大ヒット曲となった。2つのバージョンの内、現在、一般的に知られているのはアラン・ターニーがプロデュースした方である。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「ロックバルーンは99」は、ドイツのポップスグループであるネーナが、1983年に発表した楽曲です。1984年3月には、ビルボード誌において最高位のチャート2位、世界的なヒット曲となりました。1984年度のビルボード誌年間ランキングでは第28位。日本のオリコン洋楽シングルチャートでも1984年4月2日から4週連続1位を獲得しています。ドイツのアーティストなので、オリジナルの歌詞は当然のドイツ語。ドイツ語ポップスが世界でヒットしたのは珍しいですね。
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ドイツ語で歌われたが英語でも歌詞がつけられ再リリースされた。日本では専らドイツ語のオリジナルがフジパシフィックからリリースされている。 当時のバンドの動画では演出にスモークと風船が使用されていたものがある。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「Cruel Summer」(ちぎれたハート)は、3人組の女性ポップ・グループ、バナナラマの楽曲。1981年、カレン・サラ・シヴォーンの3人結成されたイギリスのダンス・ポップ・グループです。80年代のディスコ・ブームにマッチして、ヒット曲を連発しました。
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「Cruel Summer」は夏のダークサイドを歌った曲で、彼女たちにとってアメリカで初のTop10入りを果たした出世作。1984年のアメリカ映画「The Karate Kid(ベスト・キッド)」で使われたことから評判が広まり、84年にアメリカ盤がリリースされ、チャート9位のヒットになったのだとか。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「September」(セプテンバー)は、読売ジャイアンツの阿部慎之助選手が打席入る時に流れる曲なんです。更には、プロボクサー内藤律樹さんの入場曲としても使用されている他、映画「ナイト ミュージアム」のエンディングや「最強のふたり」のオープニングでも使用されているんですよ。
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「セプテンバー」(September)は、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(Earth, Wind & Fire)が1978年に発売したシングル。 アメリカ合衆国の『ビルボード』(Billboard)誌では、1979年2月10日に週間ランキング最高位の第8位(R&Bチャート1位)を獲得。全英チャート3位。『ビルボード』誌1979年年間ランキングは第80位。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「Turn It into Love 」 (愛が止まらない) は、オーストラリアのシンガーソングライターであるカイリー・ミノーグの楽曲です。デビューアルバムの「ラッキー・ラヴ」から、日本限定でシングルカットされました。人気デュオのWinkがカバーして、こちらもヒットしています。日本の洋楽シングルチャートでも、10週にわたり1位という記録的な大ヒット。アルバム収録当初は「愛に走れ」という邦題だったそうですよ。
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1987年に歌手デビューし、母国オーストラリアやイギリスを中心に大ヒットを数多く飛ばす。一時は「低迷期」と呼ばれる時期もあったが2000年代に入って復活。2001年に発表した「フィーヴァー」が大成功して以降はその歌唱力と美術センスのコラボレーションや、コンサートでのカイリーの「腰振り」にも話題が集まるようになった。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「Billie Jean」はマイケル・ジャクソンの代表的なディスコナンバーの1つです。レオン・チャンクラーとルイス・ジョンソンがリズムセクションを担当、80年代らしさに溢れたディスコティックk楽曲ですね。シンプルなリズムと単調なフレーズが続くのが、ダンスにはピッタリなんですよね。
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基本は人力で演奏しているが、打ち込みも導入しつつデジタルっぽく見せた演奏だ。聴覚のすぐれたクインシーは、この時点ではまだリズムマシーンを全面的には信頼してなかったのだろうと思う。この曲はマイケル自身が書いていて、メロディーが秀逸なので、踊らずに聴くだけでも引き込まれる強みがある。彼の全キャリアの中でも間違いなくトップにランクされる曲だ。当時、ムーンウォークを初めて披露したのがこの曲だということで大きな話題となった。

【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】「Girls Just Want to Have Fun」 (ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン) は、シンディ・ローパーがソロ歌手となって最初のメジャーシングル曲で、世界的な大ヒット曲になりました。日本における発売時の邦題が「ハイ・スクールはダンステリア」。しかし、後に原題をそのままカタカナで表したタイトルに修正されました。これは、邦題を聞いたシンディ・ローパーが激怒したからだとか・・・。
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シングルは10ヵ国以上で1位になり、15ヵ国以上でトップ10に入った。1位になったのは、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、アイルランド、イスラエル、日本(オリコン洋楽シングルチャートで1984年4月30日付から3週連続1位)、ニュージーランド、そしてノルウェーである。イギリスとアメリカでは2位になった。

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【80年代に世の中に溢れたディスコブーム。ユーロビート&ディスコミュージックで盛り上がる場内とダンスに没頭する若者。当時は驚きも有りましたが、今になってそれらの洋楽も懐かしいですね。】1977年にスタートしたマイアミ・サウンド・マシーンですが、70年代はヒットに恵まれず低迷していました。しかし、80年代中頃から一気にメジャーに上り詰めます。そのきっかけが、1986年東京音楽祭でのグランプリ獲得でしょう。ヒット曲の中でも、「Conga」(コンガ)は、世界にセンセーショナルを巻き起こしました。黄金期のきっかけとなった楽曲ですね。
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売れ始めたころのマイアミ・サウンド・マシーン(Miami Sound Machine)の代表曲と言えば、前回の「ドクター・ビート」と並んでこの曲ではないかと思います。最初に火がついた年の翌年(1985年)にリリースされたアルバム『プリミティヴ・ラヴ』からのシングル曲、「コンガ(Conga)」です。

今回は、「80年代ディスコおすすめ曲!懐かしいあの曲たちを一気に聴こう!」をテーマにして、懐かしい曲々をご紹介させていただきました。当時を思い出した皆さんも多いのではないでしょうか。時代の流れから、姿を消してしまったディスコですが、最近また復興の兆しがでているようです。親子2代でディスコを楽しむ方々も出てきそうですね。

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